土・実・種 株式会社杢 阿部円香さん

4月中旬。不安になるほど雪が少なかった冬が明けて、芽吹き始めた秋田県南部。
国内有数の豪雪地帯であるこの土地の春は、例年であれば2,3メートル積もった雪の塊があちこちに残るはずなのだけど、今年はすっかり溶け切ってしまった。
湯沢・岩崎から川を挟んで北隣り、横手盆地に広がる果樹畑では、りんごや桃、さくらんぼの花が咲き始めた。

前回取材に訪れた、果樹農家の齋藤さんと、師匠の細川さん。僕が二人に知り合ったきっかけは、湯沢市の北隣、横手市十文字地区にあるゲストハウスCAMOSIBAとの関わりがきっかけ。

CAMOSIBAは2017年4月、十文字出身の阿部円香(まどか)さんによって開業。現在はゲストハウスと、2020年に開始したハードサイダー(リンゴ果実酒)のブランド OK,ADAM、2023年4月にオープンしたサウナ付き一棟貸しの宿 MUSIRO SAUNAの三本柱。ゲストハウスのオーナーだった阿部さんは現在、3つの事業をまとめる株式会社杢(もく)の代表取締役を務める。
今回はその円香さんに、彼女の現在地からの視点を聞かせてもらった。

中学生の頃には海外・異文化に興味を持ち始め、大学進学のタイミングで多言語・多文化を選考するコースを履修した円香さん。在学中も休学してヨーロッパや南米、アジア圏を旅して回った。
卒業を前に就職活動をするもどうしても違和感が残り、在学中からお世話になっていた先生に相談したところ、予てから思い描いていた地元 秋田で宿を開くという夢に立ち返り、地元十文字に戻った。
海外に出ていく事に関してまだ野心や未練はあった。でも、旅で過ごした時間や恩師とのコミュニケーションの中から、自分の中に小さな種を見つけたことには変わりなかった。

阿部さんの実家は、十文字で味噌や麹の醸造を行う阿部こうじ屋。家族や親戚に地元に戻ることを伝えたときは、家業を継ぎに戻るのだと思い込んだ人も多く、それが雑音やプレッシャーに感じたこともあったという。またその一方自分が事業を立ち上げる中で、家業が地域で築き上げてきた信頼に救われたと思うところもあった。

自身がお酒を飲むのが大好きだったことから、ゲストハウスにはバー・レストランを併設した。横手はビールの原料として使われるホップの栽培が盛んなことから、クラフトビールを作りたいという妄想を抱いていた。

ゲストハウスをオープンしてから、宿泊に訪れるゲスト以外にも地元からの客に恵まれた中でより鮮明になってきたのが、十文字を中心に県南部広域で栽培される、果樹の存在。
クッキングアップルと呼ばれる加工に適した品種のりんごや、間引きのために小さいうちにもがれる摘果(てきか)、色付きや形などの理由で二級品とされジュース等に使われるりんご、桃、さくらんぼ。

店に通ってくれる農家と話していくうちに、原材料を輸入したモルトに頼らざるを得ないビール醸造よりも、この土地で採れた果樹を使用した製品を作ることにより強い必然性を感じた。農家や醸造家に支えられながら、次第に形になっていった。

2020年の10月に一番最初のハードサイダーをリリースしてから、4年近くが経つ。事業の前半はゲストハウス運営、それから醸造業、タップルームと一棟サウナ宿の運営へと拡張してきた。

1800年代前半、羽州街道と益田街道が交差する交易地として突如姿を現した十文字という地域。その他もっと歴史の長い地域に比べると、新しいものに寛容で人や文化の出入りが頻繁だと言われている。海外からの宿泊客が町を歩いていると声を掛けてくれたり、バーで自然と仲良くなっていたり、果樹農家や醸造家、実業家が比較的に自由に行き来する土地柄は、大きな助けになっている。

もちろん、今の株式会社杢の姿は、地域の人々に支えられてこそなのだけれど。
円香さんが一連の事業を始めたきっかけは、”地域貢献”でも、”盛り上げる”ためでもなく、自分のため。
でも商いってのはすごいもので、一生懸命練り上げた種を外に持っていけば、お金となって戻ってくる。それはかつで行商の人が荷引き車で物を売り歩いたように、縁もゆかりも無い土地に暮らす人がこの町を知り、飲み、訪れる大きなきっかけになる。

最初に出たちいさな芽は、円香さんのように、旅する人々を受け入れるための宿。
十文字に事業や仲間のビオトープが出来上がった今、円香さんは十文字の種を持って、綿毛のように飛ぶ時間が必要なのかも。