実りの樹 齋藤涼花さん

今年、昨年と本当に雪が少なくて、それはなんというか、雪の降らない土地に住む人にはあまりピンとこないのかもしれないけれど、雪国に暮らす私達にはなんとも形容し難い嬉しさと不安を与える。
例えば雪が無くて楽だなぁという嬉しさと、こんなに楽をして大丈夫なのかなぁという不安。
それは例えば夏に水を必要とする農家や、除雪業を行う業者にとっての具体的な怖さともまた違う何かに感じられる。

この日は、湯沢市岩崎から川をまたいで北に10分ほど、果樹の生産地として知られる横手市十文字地域を訪れた。
お話を聞かせてくれたのは、24年の4月から正式に農業研修を始める、齋藤涼花さん。
取材の頃はちょうど、秋田公立美術大学を卒業するところなのだけど、涼花さんは既に畑に居た。

例年は、この時期に車で畑に来ることはできない。かんじきを履いて、雪を漕ぐ。

涼花さんは、山形県の平野部の出身。米どころであるその土地では、果樹とはなんとなく距離感があった。ご両親も農業には関わりがなかったし、特に農業に関わろうと秋田に来た訳ではなかった。

遡ること3年前、たまたまドライブでこのあたりを訪れた。まだ1年生だった涼花さんの目に、盆地の端っこに小さくそびえる三角の山が目に入った。霧の中から姿を現したその山は、その裾野を丁寧に刈り上げられ、不思議な印象を残した。
後にそれは、果樹を育てる人々が山に入ってきたことを示す、山と人との生活の営みであると教わった。

その冬、秋田県南部は災害級の豪雪に見舞われ、涼花さんはその三角山の裾野に広がる土地に、除雪ボランティアとして訪れた。湿雪に枝をしならせる果樹が並ぶ畑で作業の合間、土地の話を聞くにつれ、あの山とその裾に広がる果実と田んぼの土地は、次第に涼花さんにとって特別な景色へと変わっていった。

その印象的な風景との出会いと、次第に果樹の世界に魅せられていった涼花さんは、秋田市での大学生活の傍ら十文字に通い続けた。
以前に取材させていただいた細川さんという果樹農家に出会ってから、この人に習ってみたいと思い、右も左もわからないところから今年で4年目。作業をする細川さんが果樹になにを見ているのか、本当に少しずつだけど、見えるようになってきた気がすると、話してくれた。

少しずつ暖かい日が増える3月は、剪定作業の時期。枝を伸ばす力と、実を実らせる力とのバランスを想像しながら、枝を落とす。
細川さんが樹を見ながら、涼花さんに指示を出す。細川さんから託された鋸で、できるだけ綺麗に切り落とす。

細川さんは他地域の果樹農家との勉強も重ねながら、過剰な剪定を避けるスタイルを実践している。
それぞれの樹の伸びたいのを尊重しながら、美味しい実が成るように提案する。

“〇〇の声を聞く”、なんていえばクサいかもしれないけれど、僕らは土や木、鉄も樹脂も、いろんなものを借りて暮らしているに過ぎない。
山も川も海も、彼らなりのバランスがあったところに人間が分け入って、実りを享受している。

科学は偉大だ。でも、スライスして顕微鏡で覗かなくたって、培養して分析しなくたって、美しい、美味しいはわかる。

全部一緒に並べられたら、この果実もその果実もきっと同じくらい美味しい。
でも、あの人が作った果実のほうがなんとなくもっと美味しい気がするのは、とても贅沢で、贅沢なことなんだと思う。