源流域の暮らし 東成瀬村 奈良悠生さん

6月初旬、新緑が眩しい横手盆地。
湯沢市岩崎集落から成瀬川を遡って、40分ほど車を走らせた先にあるのは、東成瀬村。

秋田県南部、岩手県南部と宮城県の北部が接する栗駒山の麓に位置するこの地域は、冬には言葉も出ないくらい大量の雪に見舞われるが、初夏は平等にやってくる。

東成瀬村に入ってほどなく、幹線道路から脇道に逸れると見えてくる不動滝に隣接している不動滝ほたるの里公園を拠点に、軽トラックの荷代に積んだ移動式のサウナ”井戸端サウナ“を運営している奈良さん。
以前インタビューに訪れた、東成瀬村・湯沢市とも隣接する横手市十文字でゲストハウスや一棟貸しサウナ、ハードサイダー醸造などを行う株式会社杢の阿部円香さんとも親交のある彼に、東成瀬村での自身の活動について聞かせてもらった。

奈良さんは青森県の出身。もともと釣りが大好きで、幼少の頃から地元で山や川に近く暮らしてきた。札幌の大学に進学後、一度東京に住んでみようと思い立ち、フリーランスで映像制作の仕事をしながら2年ほど都内に暮らした。

コロナ禍が始まり身動きも取りづらくなった都内での生活の中、東北の自然を身近に感じながら暮らし、働きたいという思いが募りはじめた頃、東成瀬村の地域おこし協力隊の求人を見つけて、移住する運びになった。

コロナ禍の影響による活動の制約があまり大きかったため、地域おこし協力隊の任期は3年から5年に延長され、2024年現在はその5年目。
取得した一軒家はシェアハウスとして住み開きしていて、首都圏等から移住してきた同世代と共に生活・活動をしている。

奈良さん自身は物心ついた頃から釣りが好きで、小学校低学年の頃から家中の道具を漁って自分で釣り竿を拵え、近所の川に釣りに出かけた。現在の横手市増田町の出身である故・矢口高雄氏の作品、釣りキチ三平にも影響を受けた。
公園の辺り生えるクヌギの木で、天蚕(てんさん)と呼ばれる野生の蚕(かいこ)が食事をしているところを見つけてくれた。天蚕は、養蚕に使うために品種改良された蚕とは違って糸を吐き出さないため、かつてはテグスをつくるための素材として蚕の中から糸を取り出していたという。

秋田県内だけでなく、山形や宮城からも釣人が訪れる東成瀬村だが、釣り以外の方法で対外的にPRするのが地域おこし協力隊としてのミッションであった。そんななか、当時少しずつ話題になってきたサウナが引っかかった。

整備された駐車場から2分も掛からない場所にある滝を水風呂に、冬には1メートル以上積もるフカフカの雪と氷点下の外気浴。
当初は近隣の地域の方が制作した移動式サウナを、そして2021年にはクラウドファンディングを活用して制作した移動式サウナを軽トラに載せて、井戸端サウナの活動が始まった。

釣り好きが高じて、近隣の地域の漁業組合に入っている奈良さんは、釣り、ひいては東成瀬村の生活にも関わる環境にも関心を寄せている。
渓流釣りの代表格とされているイワナは特に現在の河川環境を反映する生態として注目を集め始め、奈良さんは2023年公開のドキュメンタリー映画、『A TROUT IN THE MILK / ミルクの中のイワナ』の秋田県内での上映会にも携わっている。

人口杉の乱植や、手入れ不足に起因する山林の保水力の低下、河岸域をメンテナンスフリーにするためのコンクリート造作、ダムの開発等により、上流域に閉じ込められ、それぞれの流域で独自の進化を遂げ続けるイワナ。
それは奈良さんにとっては、釣人として見る野生の生態系の姿にも、また自然に翻弄されながらも営みを続ける人々の姿にも重なって見えるという。
僕ら人間だって自然の一部であることは、見落とされがち。

社会が多様性と声高に叫ぶようになって少し時間が経ったけれど、ネクタイをせずにオフィスに行けるようになったくらいで根本的な価値観の代謝はそう簡単には起こらなかった。
自治体や国は人口減少を食い止めようと言うけれど、食料自給率は低いままだし、完全食とサプリだけで暮らす人が爆発的に増えたようにも見えない。

僕たち人間はちょっと前から今までにないほどの技術的・情報的な自由を与えられたけど、VRで見るのはどこか他所の国を模した、地球的な風景。
ちょっとお金に余裕ができたら、美味しいものを食べたり温泉旅行に出掛けたり。
江戸時代ぐらいからやることが変わってないのは、やっぱり僕ら人間が思う快適・贅沢があまり大きく変わっていないからだろう。

イワナや魚たちと同様に、僕らも自然や医療によって、今の環境に生かされている。
ゆっくりと、しかし確実に土地の色を帯びていく僕らの生活は、どうやったら守っていけるだろうか。

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