冬の気配と、保存食

栗駒山がすっかり色づき、鳥海山が雪帽子をかぶった頃。岩崎周辺の里山にも秋の気配が感じられるようになってきた。
雪の季節がやってくる。時折吹き去るひんやりと冷たい風に、バタバタと地面を叩く大粒の雨。この雨粒はやがて、息もできないような雪のカーテンになる。
田んぼは稲刈りがほとんど終わり、秋冬物の野菜の収穫に忙しい。大根人参白菜、鍋に欠かせない食材たち。

今回は春からお邪魔している岩崎麹屋のユカさんにお願いしていた、麹の配達の見学。
それぞれのおうちで漬物を漬けている人たちのお家に、10kg単位で麹を納めに行く。そして、今秋に収穫した米を来年の麹の材料として受け取ってくる。

今回は岩崎からは少し離れるものの、川向うである十文字町、また岩崎のすぐ北を流れる皆瀬川の大きな支流である鳴瀬川を伝って上流の方に遡った一帯、東成瀬村を訪れた。

皆瀬川は今でこそ橋が掛かって自由に行き来できるが、それなりに川幅も広く、渡るのであれば船渡し。歴史的に捉えると、上流で切り出した材木を筏流ししていたり、流域を伝った地域での往来が盛んであった。

それでそれで。今の時期は、畑で取れたばかりの大根を、燻(いぶ)してる。いぶりがっこ。正確な発音は、えンぶりがっこ。
燻製界ではスタンダードな、桜、ナラ、そして昨冬の雪害で残念ながらダメージを受けたりんごの木を焚べて、4-5日間燻す。そのあと麹だったりそれぞれのお家のレシピで漬け込んで出来上がるのが、いぶりがっこ。

お邪魔させていただいたお家のひとつにはけっこう大きな燻製小屋があって、近所のお父さん3人がかりで編み込む作業をしていた。

燻製されているときは、それなりの温度に晒されて、野菜から少しずつ水分が抜けていく。おいしい水を吸ってパンパンになった野菜が少しずつ萎む。一房は一本の紐で結ばれているから、一本が落ちてしまえばあとは全部ゆるくなって、房がぜんぶ落ちちゃう。だから、燻製中に絶対落ちてしまわないよう、力を込めて、燻煙の染み込んだ紐がキリキリと音を立てるまで縛り上げる。

今みたいにスーパーがなくて、真冬でも関東や九州のハウス野菜が一年中流通するようになるまでは、春が来るまでどうやって栄養を取るか、みんなの課題だっただろう。食べ物自体の栄養分はもちろん、食感や香りなど、食欲を維持するための工夫。
いぶりがっこは今となってはお土産のような立ち位置になっているものの、お味噌や他の漬物と並んで雪国の必要食だった。

いろんなものが本当に便利になった今の世の中だけど、果たしてこのまま遠くの食べ物を運び続けていいんだろうか。
確かに自分で育てるより、買ったほうが安い。どこが圧縮されて、なんで安いのか。農家さんは、トラック運転手さんは、それを見守る事務職員さんは、スーパーに品を並べるパートのお母さんは、なにを手伝って、見返りになにを得られているだろう。

山から湧き出続ける水を、いつまで美味しく飲めるだろう。真綿のような雪は、いつまで降ってくれるだろう。今年はハタハタは穫れるだろうか。風力発電はどれくらいの電力を作っているだろう。護岸工事は水をきれいにするだろうか。田んぼを、ホタルを、守ってくれるだろうか。
気が付けばあまりに忙しくて、あまりにたくさんのことが、流れを止めない水のように手からこぼれ落ちていく。

岩崎に、冬が来る。